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名古屋地方裁判所 平成4年(ヨ)1007号 決定

債権者

水野勉

森本利明

山田幸吉

青山茂

右四名代理人弁護士

前田義博

若松英成

田中雪美

債務者

名海運輸作業株式会社

右代表者代表取締役

山本勲

右代理人弁護士

村本勝

四橋善美

主文

一  債務者は、平成四年四月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、債権者水野勉に対し一万三三九〇円、同森本利明に対し一万二三〇〇円、同山田幸吉に対し一万二四四〇円、同青山茂に対し一万一八六〇円を仮に支払え。

二  債務者は、債権者水野勉に対し一七万八三七四円、同森本利明に対し一四万三六八五円、同山田幸吉に対し一六万五七二六円、同青山茂に対し一五万九六八一円を仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立て費用はこれを四分し、その三を債権者ら各自の、その余を債務者の各負担とする。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

一  債務者は、平成四年四月以降本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、債権者水野勉に対し四万〇八四二円、同森本利明に対し四万四八一六円、同山田幸吉に対し二万二一九一円、同青山茂に対し二万四一一九円を仮に支払え。

二  債務者は、債権者水野勉に対し七二万五九五六円、同森本利明に対し五九万九三九八円、同山田幸吉に対し六七万九八一二円、同青山茂に対し六五万七七五七円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  債務者は、港湾運送事業、一般貨物自動車運送事業などを業とする会社であり、債権者らは、いずれも昭和四五年ころから昭和五四年ころまでの間に債務者に雇用され労働契約を締結した。

2  債務者は、債権者らに対し、平成四年三月三〇日付をもって債権者らを解雇する旨の意思表示をし、右意思表示は同日債権者らに到達した(以下「本件解雇」という。)。

3  債務者は、債権者らに対し、平成四年五月二二日付をもって債権者らを解雇する旨の意思表示をし、右意思表示は同日債権者らに到達した(以下「本件予備的解雇」という。)。

4  名港グループ労働組合(以下「本件組合」という。)は、債務者を始めとする名港グループに属する会社の従業員によって組織される労働組合で、名港グループ各社との間で、組合員が本件組合を脱退しまたは除名された場合会社が右組合員を解雇することを前提としたユニオン・ショップ協定(以下「本件協定」という。)を締結している。(〈証拠略〉)

5  債権者らは、いずれも本件協定により、債務者に入社と同時に本件組合に加入することとなったが、平成四年三月一八日、本件組合を脱退し、全日本港湾労働組合東海地方名古屋支部名海運輸作業分会を結成した。(〈証拠略〉)

二  争点

1  債権者らは、

(ア) 本件解雇及び本件予備的解雇の効力について、〈1〉本件解雇は、本件組合から債権者らの除名通告がなされる前に行われているから、債務者の就業規則の規定に反し無効である、〈2〉本件解雇及び本件予備的解雇は本件協定によるものであるところ、ユニオン・ショップ協定(以下「ユ・シ協定」という。)の効力は、債権者らのようにユ・シ協定締結組合から脱退しまたは除名されたが、別組合に加入しまたは新組合を結成した者には及ばないと解すべきであるから、右解雇はいずれも理由のない解雇として無効である、〈3〉債務者就業規則(以下「本件規則」という。)には、解雇事由として第二二条三号に「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」が規定されているが、債権者らには右条項に該当する事実はないから、本件解雇及び本件予備的解雇はいずれも理由のない解雇として無効であると主張する一方、

(イ)〈1〉 債務者と債権者らを含む債務者の従業員との間には平成四年度の定期昇給及び夏季一時金について合意(以下「本件合意」という。)が成立している、〈2〉債務者と本件組合との間には平成四年度の定期昇給及び夏季一時金について協約(以下「本件協約」という。)が成立しており、本件協約は労働組合法(以下「労組法」という。)一七条の定める労働協約の一般的拘束力により債権者らにも適用される、〈3〉債務者においては、従業員の賃金に関しては、就業規則四七条に基づいて定められた給与規定(以下「本件規定」という。)がその金額を定めており、本件規定の内容は、毎年春本件組合との団体交渉を経たうえで改定され労働基準監督署に届出がなされているから、本件協約の内容も本件規定を通じて債務者と債権者らの雇用契約の内容となっているところ、本件合意又は本件協約による同年四月の定期昇給後の新賃金と旧賃金との差額は債権者らそれぞれについて申立ての趣旨第一項記載の金額となり、また平成四年度夏季一時金、行楽費及び港祭手当の合計額は債権者らそれぞれについて申立ての趣旨第二項記載の金額となる、

(ウ) 債権者らにはいずれも右金員の仮払いを求める保全の必要性が存在すると主張した。

2  債務者は、

(ア) 本件解雇及び本件予備的解雇は、本件規則第二二条三号「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」及び四号「組合の除名」に基づくものであるから有効である、

(イ) 〈1〉本件合意が債務者と債権者らとの間で成立した事実はない、〈2〉本件協約は、債務者と本件組合との間に成立したものであるから、本件組合を除名された債権者らには適用されないと主張するとともに、

(ウ) 保全の必要性を争った。

第三争点に対する判断

一  本件解雇及び本件予備的解雇の効力について

1  債務者は、本件規則第二二条四号に、解雇事由として「組合の除名」が規定されていることをもって本件解雇の根拠と主張しているが、同号にいう「組合」とは、債務者との間で本件協定を締結している本件組合を指すものと解すべきであるから、本件疎明資料によって本件組合大会における債権者らの除名の決議を待たずに行われたことが認められる本件解雇の根拠として、本件規則第二二条四号をいう債務者の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。

2  本件予備的解雇の意思表示がなされた事実は当事者間に争いがないところ、本件疎明資料によれば、右意思表示は本件組合臨時大会における債権者らを除名する決議の後になされたことが認められる。

しかし、ユ・シ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退しまたは除名されたが、他の労働組合に加入しまたは新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害する点で民法九〇条の規定により無効と解すべきである(最高裁平成元年一二月一四日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二〇五一頁)から、本件協定も、債務者との間でユ・シ協定を締結している本件組合から除名されて全日本港湾労働組合に加入し、同組合東海地方名古屋支部名海運輸作業分会を結成した債権者らについて、債務者に解雇を義務づけている部分の限度で民法九〇条の規定により無効と解すべきであり、右解雇義務が存在しないにもかかわらず、本件規則第二二条四号に基づいてなされた本件予備的解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効であるといわざるを得ない。

3  債務者は、本件解雇及び本件予備的解雇の根拠として、債権者らの従前の勤務態度等が本件規則第二二条三号にいう「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」に該当する旨主張するが、右主張を認めるに足りる疎明資料は存在しない。

4  以上のとおりであるから、本件解雇及び本件予備的解雇はいずれも合理的理由のない解雇として解雇権の濫用にあたり無効であるいうべきである。

二  債権者らの定期昇給後の賃金額及び夏季一時金額について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者と本件組合は、毎年春、当該年度の定期昇給及び夏季一時金について団体交渉を行い、その妥結内容の一部を成文化して債務者就業規則四七条に基づいて定められた給与規定(本件規定)を改定し、本件規定を所轄の名古屋南労働基準監督署長に届け出ていること、平成四年度についても同年春に債務者と本件組合との間で同年度の定期昇給及び夏季一時金について団体交渉が行われ、その妥結内容(〈証拠略〉、以下「本件妥結内容」という。)の一部が成文化されて本件規定が改定され、平成四年四月一日から本件規定を適用する旨名古屋南労働基準監督署長に届け出られていることが認められる。

右認定事実によれば、債権者らが定期昇給後の賃金額及び夏季一時金額の根拠として主張する(〈証拠略〉)は、いずれも債務者と本件組合との間で行われた団体交渉の結果妥結成立したものであって、債務者と債権者らを含む債務者の個々の従業員との間の合意として成立したものではないと認められるから、債権者らの本件合意の主張はこれを採用することはできない。

2  また、審尋の全趣旨によれば、右妥結内容が債務者と本件組合の署名又は記名押印のある書面にされた事実は認め難く、そもそも労組法一七条の定める一般的拘束力を有するものであるかどうかについて疑問の余地があるばかりでなく、同条に定める一般的拘束力制度は、当該事業場で支配的地位を有する労働組合が、その団結力によって獲得した労働協約の存立と機能を確保し、協約当事者である労働組合の組織を維持強化するため組合外の小数の未組織労働者に対して当該協約を拡張適用するものであって、小数労働者が多数者の組合とは別個に自主的な労働組合を結成し、その団結権、団体交渉権に基づき独自の判断によって固有の活動を行っている場合には、多数組合の労働協約を右小数組合の労働者に拡張適用することはできないと解すべきである。

したがって、本件協約の一般的拘束力を前提とする債権者らの主張も採用することはできない。

3  ところで、就業規則は、労働条件を統一的・画一的に定めるものとして、その適用を受けるすべての労働者と債務者との労働契約の内容を補充する機能を有すべきものであるから、前記1に認定したように、本件妥結内容のうち、債務者就業規則四七条に基づいて定められた本件規定に成文化された部分に関しては、右就業規則と一体になったものとして就業規則と同一の効力を有するに至り、債権者らを含む債務者のすべての従業員と債務者との間の労働契約の内容を補充し規制するに至っているものと認めるのが相当である。

そこで、平成四年度に改定された本件規定の内容を検討するに、(証拠略)によれば、本件規定には、出勤手当、扶養家族手当、技術手当、年功給、通勤手当及び乗車手当等については支給金額及び支給基準が明確に規定されているが、基準給については「本人の勤続、能力及び経験等を勘定して定める」旨、また、時間外手当に関しては「一七時以降の時間に対し、各個人の時間外単価にて支給する」旨規定されているだけであり、その支給金額及び支給基準は明確に定められていないこと、賞与についても、通常賞与算定の基礎となる勤続年数に応じた通常賞与係数の数値については定められているが、特別賞与算定の基礎となる特別賞与係数については明確に定められておらず、「特別賞与は会社の業績により支給する」旨規定されているにすぎないことが認められる。したがって、債権者らが、本件規定を通じて債務者と債権者らの雇用契約の内容となったと主張する本件妥結内容のうち、本件規定に支給金額及び支給基準が明確に規定されている出勤手当、扶養家族手当、技術手当、年功給、通勤手当及び乗車手当等並びに通常賞与については債務者と債権者らの雇用契約の内容となっているものと認められるが、その余の妥結内容については、右雇用契約の内容となったものと認めることは困難であるといわざるを得ない。

そこで、右認定並びに(証拠略)に基づき各債権者の平成四年四月における昇給差額及び夏季一時金額を算定すると、債権者水野勉については、昇給差額が出勤手当四八四〇円、技術手当一二〇〇円、年功給一八九〇円、通勤手当四〇〇円及び乗車手当五〇六〇円の合計一万三三九〇円、夏季一時金額が平成四年二月当時の基準給九万五九〇〇円×通常係数一・八六=一七万八三七四円と、債権者森本利明については、昇給差額が出勤手当四八四〇円、技術手当一二〇〇円、年功給八二〇円、通勤手当六〇〇円及び乗車手当四八四〇円の合計一万二三〇〇円、夏季一時金額が平成四年二月当時の基準給七万七二五〇円×通常係数一・八六=一四万三六八五円と、債権者山田幸吉については、昇給差額が出勤手当五〇六〇円、技術手当一二〇〇円、年功給七二〇円、通勤手当四〇〇円及び乗車手当五〇六〇円の合計一万二四四〇円、夏季一時金額が平成四年二月当時の基準給八万九一〇〇円×通常係数一・八六=一六万五七二六円と、債権者青山茂については、昇給差額が出勤手当五二八〇円、技術手当一二〇〇円、年功給六八〇円、通勤手当二〇〇円及び乗車手当五五〇〇円の合計一万二八六〇円から扶養家族手当減額分一〇〇〇円を控除した一万一八六〇円、夏季一時金額が平成四年二月当時の基準給八万五八五〇円×通常係数一・八六=一五万九六八一円となることが認められるから、債権者らは債務者に対し、右金額の限度で、平成四年度における昇給差額分賃金及び夏季一時金請求権を有しているというべきである。(債務者は、債権者らが債務者に在籍していないことを理由に債権者らに右金額の受給権はないと主張するが、本件解雇及び本件予備的解雇がいずれも無効であることは既に述べたとおりであるから、債権者らは右金額の支給基準日にいずれも債務者に在籍しているというべきである。)なお、債権者らが主張する行楽費及び港祭手当については、これらが賃金類似の債務者に対する権利として請求できる性格の金額であることを認めるに足りる疎明資料は存在しない。

また、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債務者の賃金支給日は毎月二五日、夏季一時金の支給日は六月一五日であることが認められる。

三  進んで保全の必要性について判断する。

本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者らは、当裁判所平成四年(ヨ)第二六三号解雇禁止(変更後地位保全及び金員仮払い)仮処分申立て事件の決定に基づき、現在、債権者水野勉については一か月二五万円の、債権者森本利明及び同山田幸吉についてはそれぞれ一か月三三万円の、債権者青山茂については一か月二七万円の仮払賃金を受領しているが、右金額は債権者らの月々の生活を維持していくために必要なぎりぎりの金額であること、債務者は右仮処分決定後の平成四年八月債権者らに対し、右仮払賃金額に対応した所得税及び社会保険料について、同年四月分から八月分までの合計額の一括支払を求め、また、同年九月からはこれを右仮払金額から控除しているが、右所得税及び社会保険料相当額は、右仮処分事件においては保全の必要性にあたって考慮されておらず、その金額は債権者のいずれについても月額約四万円ないし五万円に上り前記認定の平成四年度における昇給差額分賃金の金額を上回っていること、したがって、債権者らにおいては、右仮払賃金及び平成四年度における昇給差額分賃金だけでは生活を切り詰めても毎月相当額の赤字を生ずることが予想され、本件夏季一時金でその補填をする必要があること、本件夏季一時金の仮払いを必要とする特別事情として、債権者水野勉については平成四年七月に毎月の返済金のほかに約一〇万円の住宅ローン返済賞与時増額分の出費を要したこと、債権者森本利明については住宅の修理費として約二〇万円を本件夏季一時金によって支払うことを予定していたこと、債権者山田幸吉については平成四年八月に毎月の返済金のほかに約二三万円の住宅ローン返済賞与時増額分の出費を要したこと、債権者青山茂については、平成四年七月に毎月の返済金のほかに約七万円の車のローンの返済賞与時増額分の出費を要したこと及び平成四年六月に生計を共にする妻の簡易保険金約五万七〇〇〇円分の出費を要したことが認められる。

右認定事実に加えて、一般に夏季及び冬季一時金は賃金の後払い的性格が強いもので、給料生活者は、夏季及び冬季の一時金を必要不可欠の収入と予定して年間の生活設計を立てており、月々の給料で賄い切れない臨時的、季節的出費や月々の赤字補填に充てているのが通例であること、本件夏季一時金の仮払額自体からも相当額の所得税が源泉徴収されることが予想されることのほか本件記録に現われた一切の事情を総合考慮すると、債権者らの前記認定の平成四年度における昇給差額分賃金及び夏季一時金については、その全額について仮払いの必要性を認めるのが相当である。

四  以上のとおり、債権者らの本件仮処分申請は、主文の限度で理由があるからこれを認容するが、その余の申請はいずれも理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 潮見直之)

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